朗読会「ホロコーストの記憶との闘い」テキスト解題

 「死者たちの夏2023」朗読会動画で読まれているテキストの解題をお届けします

(朗読会にて配布されたsouvenir / souleverからの抜粋)


朗読会「ホロコーストの記憶との闘い」


① ドイツ軍占領下のユダヤ人の運命を描いた四篇

(西成彦 選/訳)

   ・チェスワフ・ミウォシュ「カンポ・ディ・フィオーリ」

   ・ヴワディスワフ・シュレンゲル「向こう側が見える窓」

   ・アヴロム・スツケヴェル「ミーレ先生」

   ・ミェチスワフ・ヤストルン「四月」             

解題

 この四編は、両大戦間期にはポーランドに帰属していたヴィルニュス(ポーランド語ではヴィルノ)を含むポーランドで詩人へと成長を遂げたものたちが、「ポーランド侵攻」の後の過酷な日々をどのように生き、いわゆる「ホロコースト」にどう耐え、反ユダヤ主義とどのように闘ったかをふりかえるために選んだものである。

 後にノーベル文学賞を受賞することになったチェスワフ・ミウォシュ(一九一一~二〇〇四)、ヴィルノの若手詩人として頭角をあらわしたひとりだったが、ナチス・ドイツと示し合わせるようにしてヴィルノに侵攻してきたソ連軍から逃げるようにして、最終的にはドイツ軍占領下のワルシャワほかで戦争を生きのびた。「カンポ・ディ・フィオーリ」は、ワルシャワのアーリア人地区からゲットー蜂起を座視するしかなかったキリスト教徒としての自分自身を問いただした作品として、戦時期のミウォシュの詩として最も有名な作品である。

 他方、ワルシャワ・ゲットーには、プロからアマまでさまざまなタイプの詩人がいて、彼ら彼女らはイディッシュ語やヘブライ語で書く場合もあれば、ポーランド語で書く場合もあった。ヴワディスワフ・シュレンゲル(一九一二四三)は、その後者で、同じポーランド語詩人でもミウォシュたちとは異なる運命に吹きさらされたユダヤ人の絶望を書き綴った後、ゲットー蜂起の末期にゲットーから逃げ出して身を隠しているところを発見されて射殺された。

 同じゲットーの詩人でも、ヴィルノのゲットーと、ヴィルノ近郊の森のなかを行き来しつつ、同胞がつぎつぎに斃れていくのを目の当たりにしながら、一貫してイディッシュ語で詩を書きつづけ、戦後を生きのびたのがアヴロム・スツケヴェル(一九一三二〇一〇)である。ミウォシュと同じ町で詩人としての修業を積んでいたスツケヴェルだが、二人が口をきいたのは、オランダのロッテルダムがはじめてで、その頃、ミウォシュは米国に住まう亡命詩人、スツケヴェルはイスラエルのイディッシュ文壇を背負って立つ国民詩人となっていた。

 そして、ミェチスワフ・ヤストルン(一九〇三八三)は、オーストリア領だった時代のガリツィア(現在の西ウクライナ)でユダヤ系の家に生まれ(最初の姓は「アガトシュテイン」だった)、一九二〇年の対ボリシェヴィキ戦争に志願兵として従軍した後に、カトリックの洗礼を受けた。そして戦争を生きのびた後もポーランドに残って、一九三〇年代のポーランド詩を継承する道を模索しつづけた。

 戦後、ポーランドで編まれた『歌は生き存(ながら)える――ドイツ占領下のユダヤ人を歌った詩選』(ミハウ・ボルヴィチ編)は、詩人の出自を問わず、「ユダヤ人を歌った詩」を集大成したアンソロジーだった。「ミーレ先生」を除く三編は、すべて同選集に収録されている。     

  (西 成彦)


②二匹のけだもの   ドヴィド・ベルゲルソン 

 (田中壮泰 選/訳)

解題 

一九一七年のロシア革命後にロシアは赤軍と白軍、ウクライナ軍やポーランド軍が三つ巴、四つ巴の戦闘を繰り広げる内戦の時代に突入した。このとき、ロシア人同士、ウクライナ人同士の殺し合いに巻き込まれる形で、ユダヤ人の虐殺(ポグロム)がウクライナの各地で勃発した。とくに一九一九年から二一年にかけてのウクライナ人によるポグロムは被害が大きかったことで知られている。

 ここで紹介したドヴィド・ベルゲルソン(一八八四一九五二)はウクライナ出身のユダヤ人作家で、イディッシュ語で書いた。ウクライナのポグロムを繰り返し小説に描いたが、なかでも「二匹のけだもの」(初出一九二六)は、ポグロムの経験をウクライナ人の視点から描いたものとして、ユダヤ文学のなかでも特異な作品となっている。

 「二匹のけだもの」が描くのは、内戦後にベルリンに避難していたウクライナ人ザレンボが、あるとき、下宿の家主(ドイツ人のギュンター夫人)から聞いた殺人事件の話がきっかけとなり、内戦時代に自らが犯したユダヤ人に対する殺戮の記憶がよみがえるというものである。

 ウクライナ人とユダヤ人の関係は長い歴史を持つ。それが、あるとき突然、憎しみ合い、殺し合う関係に転化する出来事としてあったのが、ロシア革命後の内戦だった。          

 (田中壮泰)

 ③パウル・ツェランの詩 四編 

(細見和之 選)

 ・暗闇(テネブレ)  飯吉光夫:訳 

 ・死のフーガ     飯吉光夫:訳

 ・白楊(はこやなぎ) 飯吉光夫:訳

 ・エングフュールング  細見和之:訳

解題

 パウル・ツェラン(一九二〇一九七〇)は戦後にドイツ語で書いた詩人の代表。当時はルーマニア領下にあったチェルノフツィーでユダヤ人の両親のもとに生まれた。チェルノフツィーにはユダヤ人が多く暮らしていて、イディッシュ語も飛びかっていたが、ツェランはドイツ語を母語として育った。一九四二年六月、両親がナチスに連行され、トランスニストリアの強制収容所に送られ、相次いで亡くなる(父はチフスで、母はナチスによる「うなじ撃ち」で亡くなったと言われる)。両親が連行された際、自分は隠れ家に逃れていたため、一人息子であった彼にとって、両親の死が生涯にわたってトラウマ的な記憶として残ることになる。戦後はパリに暮らし、フランス人のジゼルと結婚し、フランス語での生活を送るが、詩はドイツ語で書きつづけた。

 「白楊(はこやなぎ)」は亡くなった母への思いが染み出ているような詩。一方「死のフーガ」は一躍ツェランを著名にした作品。「黒いミルク」という暗喩が鮮烈で、ドイツ(西ドイツ)の教科書にもしばしば掲載された。いずれも第一詩集『罌栗と記憶』より(それに先立って『骨壷からの砂』という詩集が刊行されていたが、誤植が多いため撤回されている)。「暗闇(テネブレ)」は逆説的な神への祈り、「エングフュールング」はツェランのなかでいちばん長く、また難解な作品。ツェランがこのころアラン・レネ監督のドキュメンタリー『夜と霧』のドイツ語訳に携わっていたこともあって、舞台は端的にいってアウシュヴィッツの跡地。後半では広島への原爆投下が背景にある。この二篇は第三詩集『言葉の格子』から。

(細見和之)


④ マネキンたち シャルロット・デルボー 亀井佑佳:訳

(西 成彦 選)

解題

シャルロット・デルボー(一九一三一九八五)は、ドイツ軍占領期の抵抗運動に関わったかどで、アウシュヴィッツに送られ、ユダヤ人でないことが、生きのびられた理由のひとつであった可能性が高いが、それが戦後になってから彼女を「執筆」に向かわせる動機にもなった。戦後の早い時期から書きためられた断片を集めて刊行された『誰も戻らない』Aucun de nous ne reviendra(一九六五)と題され、その後も数々の回想記風のエクリチュールが書き残された。抜粋箇所は、『誰も戻らない』のなかの一節。

                                         (西 成彦)


⑤ かずきめ(抜粋) 李 良枝 

(西 成彦:選)

解題

『由熙』(一九八八)で翌年に芥川賞を受賞した李良枝(一九五五九二)が、このところ温又柔・編の『李良枝セレクション』(白水社、二〇二二)や『石の聲〔完全版〕』(講談社文芸文庫、二〇二三)が刊行されるなどして、ふたたび小さなブームを巻きおこしつつある。その初期の作品である「かずきめ」(一九八三)は、在日朝鮮人の母を持つ若い女性が、苦しみながら、家庭生活や男女関係を生きのびていくさまを、視点を主人公だけに固定せずに書いた、実験的な作品である。ここで主人公の女性が神経をすりへらしていることの背景として、関東大震災に乗じた日本人自警団による朝鮮人虐殺という過去の集合的記憶があった。抜粋箇所は、そのことを恋人の青年(いっちゃん)が彼女の口から聞いたことばを「再現」しながら語る「第4節」の後半部分である。                

 (西 成彦)


朗読会「ポストコロニアルを生きる道」の解題はこちら


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●「死者たちの夏2023」音楽会/朗読会動画 チケット発売

8月1日(火)

※3ステージとも同時発売

※チケット購入後(初ログイン)から30日間視聴可能

●動画配信期間

音楽会=8月1日(火)12:00〜9月19日(火)23:59

朗読会=8月10日(木)12:00〜10月1日(日)23:59

●チケット料金

(各日)1,700円(手数料込)


チケット販売サイト

http://confetti-web.com/2023grg


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〈正誤表〉(2023.08.17追記)


配信動画内の以下の画像のテロップに誤りがあったことをお詫びいたします。

正しくは以下の通りです。



〈誤〉ナチによって、ゲットーへ追い込まれるユダヤ人たち

 ↓ ↓ ↓ ↓

〈正〉ワルシャワ・ゲットー蜂起後、ゲットーから連行されるユダヤ人たち




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